
高血圧専門医として、これから少しずつ「高血圧」についてお話をしていきたいと思います。
高血圧はとても身近な病気ですが、「なぜ血圧が高くなるの?」「どのくらいから治療が必要?」「薬はずっと飲まないといけないの?」など、診療をしていると患者さんからさまざまな質問をいただきます。
このブログでは、そんな疑問にお答えしながら、高血圧についてできるだけわかりやすくお伝えしていきたいと思います。
さて、第1回は少し趣向を変えて、「血圧と高血圧の歴史」のお話です。
今では診察室や自宅で当たり前のように測っている血圧ですが、人類はいつから血圧を測るようになったのでしょうか。
そして、いつから「高血圧は治療したほうがよい」と考えられるようになったのでしょうか。
上杉謙信やアメリカのルーズベルト大統領のお話も交えながら、血圧と高血圧の歴史を少したどってみたいと思います。
血圧と高血圧の歴史
― 上杉謙信からルーズベルト大統領、そして家庭血圧の時代へ
診察室で当たり前のように測っている「血圧」。
「上が130、下が80ですね」
今ではわずか数十秒で測ることができますし、家庭用血圧計があれば毎朝自宅でも測定できます。
しかし、人類が血液の循環を理解し、血圧を測れるようになり、さらに「高血圧は治療すべき病気である」と考えるようになるまでには、実に数百年の歴史がありました。
今回は、戦国武将・上杉謙信と、アメリカ大統領フランクリン・D・ルーズベルトのエピソードも交えながら、「血圧と高血圧の歴史」をたどってみたいと思います。
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1.そもそも「血液が循環する」ことも知られていなかった
現在では、心臓から送り出された血液が動脈を通って全身へ運ばれ、静脈を通って心臓へ戻ってくることは常識です。
しかし、昔からこの仕組みが分かっていたわけではありません。
大きな転機となったのが、イギリスの医師ウィリアム・ハーヴェイです。
1628年、ハーヴェイは心臓がポンプのように血液を送り出し、血液が体内を循環しているという考えを体系的に示しました。
血圧を理解するための重要な第一歩です。
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2.世界で初めて血圧を測られたのは「馬」だった
血液が血管の中を流れている。
では、その血液が血管を押す力を測ることはできないだろうか。
18世紀、イギリスのスティーヴン・ヘイルズは、馬の動脈に管を挿入し、血液が管の中をどこまで上昇するかを観察しました。
1733年に報告されたこの実験は、血圧を直接測定した初期の試みとして知られています。
当然ながら、この方法を日常診療で人間に行うことはできません。
そこで医学者たちは、「体を傷つけずに血圧を測る方法」を模索することになります。
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3.現在につながる血圧計の誕生
大きな進歩が起こったのは19世紀末です。
1896年、イタリアの医師シピオーネ・リヴァ・ロッチが、上腕にカフを巻いて血圧を測定する方法を発表しました。
現在の血圧計につながる重要な発明です。
さらに1905年、ロシアの医師ニコライ・コロトコフが、腕をカフで圧迫しながら聴診器で血管の音を聞く方法を報告しました。
現在でも知られている「コロトコフ音」です。
これによって「上の血圧」である収縮期血圧と、「下の血圧」である拡張期血圧を測定できるようになりました。
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4.もし上杉謙信の時代に血圧計があったなら?
ここで日本の歴史に目を向けてみましょう。
戦国武将の上杉謙信は1578年、49歳で急死しました。
もちろん、この時代には血圧計がありません。
したがって、
「上杉謙信は高血圧だった」
と医学的に断定することはできません。
一方、残された記録などから、謙信の死因について脳血管障害だったのではないかとする説があり、収縮期血圧は300mmHg以上あったのでがないかと推定されています。
さらに、謙信は酒を好んだと伝えられています。雪国である越後では、保存食など食塩を多く使う食文化もありました。
現代医学の視点から見ると、過剰な食塩摂取や多量飲酒はいずれも高血圧と関係する生活習慣です。
そのため、
「もし上杉謙信が現代の診察室に来たら、一度血圧を測ってみたい」
と思ってしまいます。
ただし、これはあくまで歴史的記録を現代医学から眺めた推測です。
謙信に高血圧があったことを証明する血圧記録は存在しません。
この違いは、医学を扱ううえでは大切にしたいところです。
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5.血圧は測れるようになった。しかし「下げるべき」とは考えられていなかった
血圧計が普及すると、医師は高い血圧を発見できるようになります。
ところが、ここで現在とは大きな違いがありました。
「高い血圧は積極的に下げたほうがよい」
という考えが、すぐに医学界の常識になったわけではありません。
当時は、年齢とともに血圧が上昇するのは自然な現象であり、高い血圧には重要な臓器へ血液を届ける役割があるのではないか、と考えられることさえありました。
そのため、非常に高い血圧であっても、現在ほど積極的に治療されない時代が続きました。
その歴史を象徴する人物の一人が、アメリカのフランクリン・D・ルーズベルト大統領です。
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6.ルーズベルト大統領と「治療されなかった高血圧」
フランクリン・D・ルーズベルトは、世界恐慌や第二次世界大戦という激動の時代にアメリカを率いた第32代大統領です。
そして医学史の観点から見ると、彼は重症高血圧の歴史を語るうえで非常に重要な人物でもあります。
ルーズベルトの血圧は大統領在任中に次第に上昇し、晩年には収縮期血圧が200mmHgを大きく超えるような著しい高血圧が記録されています。
現在なら、直ちに詳しい評価と治療を検討する数値です。
ところが当時は、現在のように有効で使いやすい降圧薬がそろっていませんでした。
さらに、高血圧そのものを積極的に下げることの意義も、現在ほど確立していませんでした。
1945年4月12日。
ルーズベルトはジョージア州ウォームスプリングスの別荘で突然激しい頭痛を訴え、その後意識を失いました。
死因は脳出血でした。その時の血圧は300/190mmHgであったことは有名です。
63歳でした。
もちろん、一人の患者さんの経過だけで医学的な因果関係をすべて説明することはできません。
しかしルーズベルトのケースは、
「血圧を測ることができても、それを治療する医学がなければ患者さんを十分に守ることはできない」
という、高血圧診療の歴史を象徴する出来事の一つといえます。
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7.高血圧は「治療すべき病気」になった
第二次世界大戦後、高血圧を取り巻く医学は大きく変わります。
疫学研究によって、高い血圧が脳卒中、心不全、心筋梗塞、腎臓病などと関連することが次第に明らかになりました。
そして臨床試験によって、さらに重要な事実が分かってきます。
血圧を下げることで、将来の心血管病を減らすことができる。
ここから高血圧治療の考え方は大きく変わりました。
高血圧は単なる「血圧計の数字の異常」ではありません。
将来の脳、心臓、腎臓、血管を守るために治療する病気になったのです。
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8.そして「家庭血圧」の時代へ

現代の高血圧診療では、さらに一歩進んでいます。
診察室で一度測定するだけではなく、家庭で血圧を測ることが非常に重要になりました。
血圧は一日中同じではありません。
睡眠、運動、緊張、ストレス、気温、食塩、飲酒など、さまざまな要因によって変動します。
病院では高いのに家庭では正常な「白衣高血圧」がある一方、診察室では正常でも家庭では高い「仮面高血圧」もあります。
だからこそ、毎日の家庭血圧には大きな意味があります。
考えてみれば、これは驚くべきことです。
18世紀には、馬の動脈に管を入れなければ測定できなかった血圧。
上杉謙信の時代には、そもそも自分の血圧を知ることさえできませんでした。
ルーズベルト大統領の時代には、血圧を測ることはできても、現在のような高血圧治療はまだありませんでした。
それが今では、自宅の血圧計のボタンを押すだけで、毎朝自分の血圧を知ることができます。
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高血圧治療の目的は「数字を下げること」ではありません
血圧の歴史を振り返ると、私たちが毎日何気なく測っている「血圧」という数字の意味が少し違って見えてきます。
高血圧治療の目的は、
血圧計に表示される数字を良くすることだけではありません。
その先にある、
脳卒中を防ぐこと。
心臓を守ること。
腎臓を守ること。
そして健康な生活を長く続けること。
これが本当の目的です。
上杉謙信が生きた16世紀から約450年。
ルーズベルト大統領の死からも80年以上が経ちました。
血圧を「知ることができなかった時代」から、「測れる時代」へ。
そして、「測って治療できる時代」から、「家庭で継続的に管理し、将来の病気を予防する時代」へ。
高血圧診療は大きく進歩してきました。
明日の朝、家庭血圧計のスイッチを押すときには、その小さな機械の後ろに、数百年にわたる医学の歴史があることを少し思い出していただければと思います。


